2025年4月9日水曜日

伝説の地への旅:Day2

 Day1stはコチラ

さて…

久しぶりに大都会のど真ん中のちょっとハズレの「イケブクロ」というところに寝泊まりしているのだが、すぐそこが明治通りなのでまあうるさいことうるさいこと…

もう夜中じゅう、車はブーブー、ヤンキーバリバリ、パトカーピーポー、カラスがカアカア…

そして…

2日目も3時代に目が覚める

「前夜まで」とか「1日目」とかあったが、ここからが旅の本番である。

楽しみすぎて、早く目が覚めてしまうのだ。

もう諦めて3時代に起きて、シャワーなんぞ浴びてBlogの1日目を仕上げてしまう。

それでもまだ5時とかなので…

イケブクロの朝はもう明るい

宮古だと5時半とかはまだ真っ暗なのに、もう昼間のような明るさである。

左に見えているが…

松屋である


さっきまでラーメン食ったり蕎麦食ったりしていたのに、もう朝ごはんなのだが、まあそこは気にしない。

ソーセージエッグ定食

この後駅弁食わなきゃならんので、絶大なる経済力は発揮しないでおく。
それでもまあ普通にご飯は大盛りである。

一旦ホテルに戻って一服したり本読んだりして時間を潰すんだけど、それほど持たないので早いけれどももう出ることにする。

東京駅で弟と合流して、まずは弁当の手配。

なんか「弁当売り場」があるんだけど、なんか種類がものすごく多くてなかなか悩む。

まあ適当な弁当見繕って会計を済ませてホームへ。

久しぶり…どころか10年以上ぶりなのでなかなか戸惑うのだが、しなkん線はもう全席禁煙だという。なんか飛行機に勝るメリットの一つがなくなってしまって残念であるが、これも時代の流れなので仕方がない。タバコ吸う方が悪いのだ。

新幹線位乗って早速弁当を広げる

若い頃は3つ食っていたんだけど、もう若くないし、しかもさっき松屋食ったばかりである。

先にこっち

なんか、いくらなんて数えられる程度しか入ってないし、しかもあまり味がしないのでただの鮭の弁当食っているみたいだった。

品川到着までに一つ食べ終わって、新横浜まででもう一つ食べ終わる。

あとは京都まで歓談タイムである。

途中で富士山

京都について、近鉄に乗り換える

奈良まで30分程度なのだが、新幹線乗っていた時にも思ったのだが、なんかどこ見ても桜が咲いている。

この時期に新幹線乗るのが、まるで初めてだったかのような反応なのだが、なんかどこを走っていても、新幹線乗っていても、近鉄に乗っていても視界のどこかに必ず桜が入ってくる。

なんか…

吉野まで行かなくて良かったのかも…( ̄▽ ̄;)


まあそんなことはないのだろうが、まあなんか日本中何処もかしこも桜だらけであった。 

奈良についてレンタカー屋で車をピックアップして、吉野に向かうはずだったのだが…

なんと免許証を忘れたことが発覚!

弟に運転してもらって、吉野に向かう。

道中二時間くらいだったかな??くねくねした道で山を上って吉野に到着。

ちょっとここら辺写真ないのだが、旅館も「ひなびた温泉旅館」みたいなところかと思ったら、なんか普通に民家みたいな建物である。

「風情がある」とかっていうのではなくて、普通に民家である。

なんか、廊下とかも人が通ったり、隣の部屋の声が聞こえたりとか、普通にあちこちの雑音が聞こえてくるので…

なんか人のうちにお邪魔している気分である( ̄  ̄;)

「貸切温泉」というのがあって、弟と交代で風呂に入っておく。

食事が6時なのでなんかそこらの商店で、夜中のつまみとかお酒とか買い込んできておいて…

ご飯である

食卓のヨウス

献立表である

川魚の刺身


鮎の塩焼き

ナスの吉野葛あんかけ

天ぷら色々と鹿のカツ

ジビエは鹿のロースト

大和牛の鉄板焼き
 
コメは辞退してお椀と香の物

デザート


ここまで食っておいて、こんなこと言うのもなんだけど、「まあ普通」である。

このあと部屋に戻って、弟とダラダラとくっちゃべって10時をすぎたので寝ることにする。

さて、いよいよ今日が本番である。

その秀吉も愛でたと言う「吉野の桜」と言うのは一体どのくらいのものなのか?

楽しみである( ̄▽ ̄)

Day3へ続く

2025年4月8日火曜日

伝説の地への旅:Day1st

 前夜まではコチラ

さて、いよいよ出発の日である。

朝は3時に目が覚めてしまったので、出発までのいきさつなんぞを書いたりして時間を浪費したのだが、実際のところこれを書いてるのはまだ7時とかである。

「とにかく時間だけはある」というのがなんとももどかしいのだが仕方ない。

早くに起きたので旅の準備をしたんだけど、パンツとシャツと靴下だけなので…

ものの5分で準備完了である



とはいうものの、8時にはちょっと病院に行かなければならない。

実は金曜くらいから喉が痛い。
喉と言えばわしの場合は「扁桃腺」という厄介な奴があって(誰にでもあるんだが)、ワシの場合、何年かに一度くらい高熱を出すことがある。

旅先でそんなことになっては最悪なので念のために病院に行ってみてもらおうと思って病院に行ったのが土曜日。

行ったら車が一台も止まってないのでおかしなと思ったら…

休診日だった( ̄⬜︎  ̄;)

仕方ないので出直すことにして、朝8時から病院へ

今度こそ受診する

8時30分からだと思って早めに出たのだが、8:10くらいには着いたらもう並んでいる。

8:30になっても開かないのでどうしたのかと思ったら9時からだったらしい…

なんと、みんな一時間前から来て並んでいたということだ😳

時間まで待って受診したんだけど、どうやら扁桃腺ではなくてその奥の粘膜がどうのこうのってことで薬だけもらって撤収。一旦家に戻ってそのまま空港へ行く。

チェックインしようとしたらもう窓際は後ろの方だとかいうので、降りるとき面倒になるから前の方にしてもらう。

8列目である

ということで、離陸する時とか東京上空の写真はない。
離陸して寝たり本読んだりしているうちに羽田に着陸。

ここでふと思ったのだが、今回の旅で回転寿司に行く予定が全くない。
ソロ活動の時間が全くないのと、飯の予定は結構詰め込んでしまっているので、どこにも隙がなかったのだが…

あった!

今でしょ!
 
ということで到着ロビーから出発ロビーまで移動して…

念願のコハダ(W)&ビール

この後も飯食うのでとりあえずは6皿程度にしておく。

電車乗り継いで池袋へ向かって…

駅から歩いてホテルに向かうんだけど、さすが池袋で道沿いに回転寿司でもなんでもある。

初めて行くホテルで不安だったのだが、探して…

なんかホテルの外観にすごい不安が…

でも部屋はまあ割と綺麗で広い

飲み物も激安である

チェックインしたのが16:00くらいだったかな?
一服して池袋を出発して四谷まで

心の妻、マリ😍

わしゃビール


会うのは多分3〜4年ぶりくらいだったんじゃないかな?
前に会った時は新宿の高島屋のねぎしでランチしたのが最後だったと思う。

積もる話もたくさんあるんだけど、なんだかんだとお互いの近況報告したりなんかしているうちに時間がどんどん経ってしまって、彼女も仕事を中抜けしてきているのもあったので適当に時間見て撤収する。

四谷から新宿に出て、京王線で明大前で乗り換えて…

永福町である

ちょっと早めに着いたので辺りを散策してみる…

永福町はマサが住んでいるだけでなくて、昔付き合っていた彼女が住んでいた街でもあったのだ。

当時通い詰めたアパートだ

まあもちろん彼女はもうここには住んでいないのだが、懐かしいものだ。

んで、写真撮り忘れたんだけど、待ち合わせの焼き鳥屋に向かう。

マサである

わしの青春時代…

まあ「青春時代」というものは定義はそれぞれなのでアレだけど、言ってみればワシなんかまだまだ青春時代の真っ只中にいるわけで…

いかん、話が逸れる…

まあいわゆる「10代20代」あたりの時間を、いや、「主に10代20代」という時間を、多分人生の中で、家族以外ではこいつと過ごした時間が一番長いと思う。

当時の彼女にも「あたしとマサとどっちが大事なの!」とか詰め寄られたくらいだが、そりゃあこう答える。

そりゃあマサだよヾ(-д-;)

お前なんかとは過ごした時間も内容も違うっちゅーのに、女はなんで「どっちか」って決めつけたがるんだろうか…

いかん、話が逸れる…

それで、お互い大学卒業して、ヤツも2年遅れくらいで就職して、アメリカ行っちゃってからはなんとなく連絡も疎遠になってしまってお互い家族はできるやらなんやらで、久しぶりに会ったのが10年くらい前の宮古いく直前。

そっからも上京するたびに会おうとするんだけど、わしが扁桃腺腫れてしまったり、マサがコロナになったりとなかなか会えなくって、今回やっと会えた。

まあね、上京して1日だけしか時間なかったら誰に会いたいかと言ったらやっぱこいつなんだよね。

積もる話は多すぎて、焼き鳥の写真も撮るの忘れて…

どころか焼き鳥も食うの忘れて喋りまくって…

ラーメンである

ラーメン屋でも話は終わらなかったんだけど、マサも翌日5時半起きだとかいうので、再会の約束をしてワシはホテルへと向かい…

また明大前で京王線に乗り換えて、山手線で池袋で降りて…

えーっと…

立ち食い蕎麦屋があるではないか


食うでしょ、天たまそば

ラーメン直後のそばである( ̄▽  ̄;)

「舌の根も乾かないうちに」という表現があるが、この場合は…


胃の中がカラにならないうちに

である。

「もうちょっと食えるかな?」と思ったのだが、ホテルの道中にあった松屋の前は素通りして、翌朝の楽しみにしておくことにした。

さて、いよいよ次の日からは「旅の本編」の始まりである。

Day2へ続く

2025年4月7日月曜日

伝説の地への旅:出発前夜まで


あまりに早くに目が覚めたので、早速旅の記録である。


9月に弟が宮古に訪ねてきた。

友達は何人か訪ねてきてくれているが家族が来たのは初めてだった。

まあ久しぶりに弟と2泊3日でずっと一緒にいたのだが、これがまたあまりにも楽しくてあっという間に3日間が終わってしまって名残惜しいなんてもんじゃない。

しかしだな、「また会おう」てことになるとわしが東京に行くか弟がまた宮古に来るとか、結構それはそれで面倒なので、「じゃあこの際、年に何度か二人で旅行に行こう」という事になった。

幸いなことに二人とも時間は持て余している( ̄▽ ̄;)

弟が来たのが去年の9月。行き先なんてどこでもいい。「ただひたすらしゃべる」というのが目的なので、特に行き先はどこでもいいのだ。
 
で、去年はそのあと11月に沖縄本島に一週間行くことが決まっていて、12月にも本島に。1月は寒いので内地に行くのはナシで、2月には娘が来ることになっていて…

という事で「3月か4月だな」って話になっていたんだけど、「じゃあこの際吉野に行ってみないか?」ってことになった。

ワシがMFにいたころの上司が、毎年吉野に花見に行くとかって話しも聞いていたし、「秀吉も愛でた吉野の桜」ってーのが一体どんなものなのか、生きているうちに一度は見てみたいと思っていたのだ。

という事で、吉野の桜の見ごろ…まあ桜に関してはギャンブルなのでもう決め打つしかないのだが、4月の上旬…「10日前後」という事で計画を立てることになった。

さて、吉野は京都かと思っていたら奈良県だった。宮古から奈良までどう移動するかとなると、一番近い空港は大阪である。大阪で降りてJRとか近鉄とかで奈良とか吉野まで移動すると吉野に到着するのがどうしても夜中になってしまう。

これでは「一日移動になってしまう」ということでなんだかせっかくの休みがもったいないので、「では東京に出ることにしたら?」となったら、午後には東京に着くことができるので夕方から夜にかけて誰かに会うこともできる。おまけに帰りも東京から帰ったほうが…というか「弟と新幹線で移動する」というのがとても楽しみになってきた。

1月4日、もろもろの手配を完了させる

東京で1泊、吉野に移動して1泊、奈良に移動して1泊、京都に出て新幹線で東京に戻って1泊というスケジュールである。

せっかく京都に行くので任天堂ミュージアムも申し込んでおいた…

4月になって抽選のお知らせが届いたんだが…

落選のお知らせだった

離島から行くので「せっかくバイアス」が起動するかと思ったが甘かった😩

さて、いよいよ出発の日が近づいてきたのだが、3月にまた本島に行って暴飲暴食の飽食ツアーから戻ったら…なんと体重が近年見たことのないほどに成長していた😲

常々「痩せるなんて簡単だ」とかほざいていたんだけど、「簡単ならやってもらおうじゃねーか!」ってことで、久しぶりにダイエット作戦決行である✊

体重を落とすのは
・筋肉をつける→代謝力をあげる
・摂取を控える

ほぼこれだけである。

筋肉対策はこれがある

ワシが痛風になったときの話は何度もしているので割愛するが、食事はこれだけである

ワカメと豆腐だ(たまにトマト)

朝も昼も食わずに、本当にこれ一食だけ。お腹が空いたらあったかいお茶かスープを飲んだりして気持ちを紛らせるのだが、「食事」という部分ではこれだけである。

出発前夜まででここまで落ちた

59キロ台まで落としたかったんだけど、まあ誤差の範囲だろう。

さて、出発前夜だが東京土産が届いた。

シウマイ弁当である

見慣れた具材の見慣れた配置😆

シウマイまんもついてきた

ちっちゃい豚まんみたいで、これがまた旨い😋

食い終わったら原状復帰である

ここら辺は南倍南さん直伝の技である

さて…飯食ったらあとはそれほどやることはなく、「早く明日にならないかなぁ…」と焦れるばかりだ。

昔から「早く明日にならないかなぁ…」と思って早く明日になったためしがないので、ここは早く寝ることにする。この時点でまだ9時だった。

文字通り「瞬き一回」が「一瞬」である。

かくして…

3時に目が覚めた(T▽T)

外はまだ暗い…

早くに寝たことで早くに目が覚めてしまっただけなので、結果的に一緒である。

夜は思っていた以上に長かった…

Day1stへ続く



2025年2月6日木曜日

麺好きとはこういうことだぁ( ̄▽ ̄)v

 


実はダイエット中である。

年末からちょっと太り気味の傾向だったんで、少し抑えていたんだけど正月にまた暴走してしまって久しぶりに63㎏を超えたので自重していた。

しかし、自重も時間が長くなるとストレスがたまってくるし、胃袋の自信も揺らいできたりする…

少し食っておいた方がいいな…と思った、体重も一応61キロ台まで落ちてきている。

ところで子供のころから麺好きである。

親父が麺類好きだったからというのもあるだろうし、お中元やらお歳暮やらで麺類がよく届くので代田の実家は麺類の備蓄には抜かりがない家であった。

で、現代のワシである。しかも離島である。

麺類の備蓄には当然気を使ってる。

どのくらいかというと…

ここが食品庫の麺類の場所

もちろん冷凍庫には冷凍うどんが最低3食分ある。
※三食を切ると5食入りを補充するのだ

一番出番の多いスパゲティに至るとこうである

ストックだけで9キロある( ̄▽ ̄)

なんでこんなにあるのかというと、「離島だから」というのが答えである。

「マックとドンキがあれば生きていける」とワシが言った言葉の「ドンキ」の部分は「ディチェコが手に入る」ということなのね。

なんだけど、その肝心のディチェコも台風が来ると品切れして何時までも入ってこないという事がままあるのだ😩

食いたいときに食いたいものがないほどストレスがたまることはないし、こんなモン腐ることもないので、ドンキに行くたびに買えるだけ買っておくのだ。

で、今日ね。

昨日の夜は鍋だったんだけど葉っぱと豆腐しか食ってなかったので朝から腹が減っていた…朝からというより昨晩からである( ̄▽ ̄;)

という事で今日のお昼にはたらふくスパゲティを食べようと計画していた。

未体験ゾーンの300gに挑戦

たらこスパにしようと思っていたんだけど、たらこスパなんて具もないので300gくらい行けるだろうと…

ゆであがってソース絡めて計ってみた

756g…?

余裕である( ̄・・ ̄)

でね、飯をたらふく食うってのは時間との戦いでね、あまり時間かけてモグモグ食べてるとおなか一杯になっちゃうのよ…なっ「ちゃう」ってなんだかよくわからんがそういう事なのよ。

なので、「ほぼ嚙まずに飲む、味わうなんてもってのほか」くらいの気構えでないと食いきれない。

試しにどのくらいの時間で食べきるか計ってみた…

スクリーンショット取るの忘れたけど、6分23秒であった。
ほぼ1分で120g食べている計算である。

そして食い終わっての感想…

もうちょっと食べれたのに…(ーー゛)

この「のに」がクセモノなのだよなぁ

という事で次にたらこスパゲティを食べるときは320gとか行っちゃうんだろうな

という事で今夜からまたダイエットの再開である( ̄▽ ̄)

2025年1月1日水曜日

ダイエットに関して

 新年あけましておめでとうございます。


旧年中はひとかたならぬ…さておき。

たびたび聞かれるのだが「なんでそんなに食って太らないのだ?」と尋ねられる。

「太らない秘訣あったら教えてほしい」とも。

「ヒケツ」というほどの秘訣もないのだが、ワシがやせた経緯とその状態を維持していることに関して、長文になるのでここで回答を。

そもそもは40くらいの時に痛風を発症したのがきっかけだった。

2003~5年くらいだったと思うんだけど、名古屋に出張で行っててそこで突然足首に痛みが来た。詳しくは端折るけど痛風の発作で、まともに歩けないほどの痛みだった…のがきっかけ。

「プリン体」とか「尿酸」という単語に敏感になって、まずは食うものが怖くなった。

んで、口にし始めたのが「海藻・葉っぱ・根っこ」の3種。「根っこ」も糖質のものではなくて「ごぼう」とか「たまねぎ」とかである。

仕事行くときにオリジン弁当寄って4マスとか6マスの弁当箱に、わかめやらごぼうやら詰め込んで…昼に食うんだけどおなか一杯にならんので、一口30回噛んで食うんだけど、全然食った気がしない。

いろいろ調べたら「代謝力」というのがカギだという事になって、代謝力を上げることに注力する。

結局のところ、ここからがやせ始めることになった。

簡単なことで、ダイエットは足し算と引き算である。摂取したカロリーと消化したカロリーの差が体重に出る。

なので、まずは体重計に毎日乗ることである。昨日の体重より増えていたり、あまり変わらなかったとしたならば、「摂取≧消化」なので摂取量を減らすか消化量を増やせばいいのだ。

で、ここの「消化」というのが「代謝量」なので、基礎代謝と運動による代謝を増やせばいいだけのことなのだ。

ところで、体の代謝の半分以上は「基礎代謝」なので、運動量もそうだけど基礎代謝を上げるためにどうするか…というと、これは筋肉つける以外にあまり方法がない。

筋肉をつけるのに有効なのがブルワーカーだ、我々世代なら雑誌の広告でおなじみである。


女性用の「ソフトタイプ」というのもある


これでほぼ全身の筋肉を鍛えることができるのだ。

やり方はマニュアルがある。

毎日全部やるのは時間もかかるので、上の白く抜いてあるものだけ毎日やって、あとは週末とかに小一時間かけて全部やったりしていた。

筋トレの後にプロテイン飲むのを忘れてはいけない。筋肉を作るのはタンパク質である。

で、全身の筋肉の半分以上は下半身なので、できれば下半身中心に鍛えておいた方がいい。

あとは有酸素運動、一番簡単にできるのはウォーキングで、わしも青山一丁目から四谷のオフィスまで30分くらいだが歩いて通っていた。帰りは四谷から渋谷まで歩く。とにかく歩くのが一番手っ取り早い。時間さえあれば誰でもできるし、道具もいらない。

次に始めたのが縄跳び、これは「どこにもいかなくていい」という利点がある。わしはまだ40代だったので最初は100回くらい位から始めて6000とか8000とか飛ぶようになったけど、ひざとかの負担になることも考えられるので高齢になっていたら余り勧めはしないかもしれない。

宮古ではなかなか厳しいのだが「プール」というのも有効だ。わしは世田谷の区民プールに行って、最初こそ自分を過信しておぼれそうになったが、最終的にはクロールで2000mを休みなしで泳げるようになった。これを週に3回ほど通っていた。

まとめると
・毎朝の筋トレ&縄跳び
・毎日のウォーキング(平均2時間程度)
・週に3回の水泳(2000m)

とまあこんな感じだ。食い物は相変わらず「海藻・葉っぱ・根っこ」である、酒は普通に飲んでいたが、なるべく薄く割ったものをがぶがぶ飲むようにしていた。

こうしてわしの体重はみるみる落ちて行って、1か月かそこらで16キロ落ちた。
体重で言うと70kg→54kgである。

さて、ここで「リバウンドしないのか?」とか聞かれるのだが、これも律することでリバウンドを防ぐことはできる。なんにせよ毎日体重計に乗ることだ。

あとは「体が楽な服を着ない」ということ。54キロまで体重が落ちた時に服は全部切れなくなって、靴のサイズまで落ちた。

「退路を断つ」という事で渋谷の西武に行って服を全部ARMANIにした。これでリバウンドしたら全部無駄金になってしまうので、「太ったらおしまい感」満載である。

つまり「体に合った服」ではなくて「服に合った体」を維持するという事だ。

困るのは「常にお腹が空いている」という事くらいで、痛風の痛みを思い出せば我慢できる。どうしようもなくお腹が空いて眠れないほどだったりすると、豆腐を1丁食ったりする。カロリー的には大したことないのでまあまあ腹が膨れてよい。

あとは栄養が偏るのでサプリとかで「マルチビタミン&ミネラル」とかってーのがあるので、それで栄養は補給しておいた方がいい。わしは「なんか足がつりやすくなった」と思ったらマグネシウム不足とかになっていたらしいので、足りない栄養をサプリで補うようにしている。スーパーで「90日分」とかいうのが安く売ってる。

わしは相変わらず毎日体重計に乗っている、必ず同じ時間に乗るのでその時間の体重が「デイリーの摂取と排泄がほぼ終わった時間」で、その時間の体重が一つのバロメーターである。

時に「1000g超えのスパゲティ」とか「麻婆豆腐で米3合」とか食べているけど、毎日食ってるわけではなくて、「少し体重が増えた」と思えば翌日の昼は軽めにしたり、夜を控えめにして野菜ばっか食べて終わらせるとかしていれば、突然大きく体重が増えることもない。

ということで、じつは「痩せる」という事はそれほど難しくはないのである。

「食べる量を減らして、代謝(運動量)を増やす」、簡単な算数なのだ。


2024年のワシ

 2024年も激動だったのだが、まあ何とかこの先が安定しそうな流れになった年だった。

2023年の終盤は素麺屋にいたんだけど、焼鳥屋に転職することが決まって2023年の11月には辞意を伝えたんだけど「2か月前告知」とかってルールがあるらしくて、退職は翌年に持ち越しとなった。

2024年の1月の最終週で勤務を終えて有休消化に入ったんだけど、有休消化の最中に次の仕事の研修で名古屋に行くことになった。これが元々は「2月の上旬まで」って話しだったんだけど、伸びに伸びて2月16日までの滞在となった。

名古屋で世話になったでぶ社長

念願の山ちゃんにも行った

研修先には中村武志が来たりして

さすがに二月でものすごく寒かったんだけど、それなりにいい経験にはなった。

2月16日に宮古に戻って、そっからは新しい店の開店準備で奔走することになる。

店の工事もまだ終わってなかったので、厨房機器のレイアウト考えたりとか「炭火でやる」とかって社長の意見に抗って「電気がいい」と要望して電気のグリルにしたりとか、シンク・食洗・フライヤー・ガスコンロのレイアウト決めて、機種選んで…並行して保健所の申請の準備したり、もろもろの業者の手配したりとかして4月の開店までに完璧に準備したんだが、社長が「開店を延期する」とかってーんでずれにずれて4月10日に開店が決まる。

4月10日に開業して連日満席の大盛況、しかし社長が「ランチもすぐ始める」とかいうので出勤時間が早くなる。

5月になると「弁当もやる」とか言い出したので、また保健所の検査とか申請とか、弁当卸す先の申請とかまた忙しくなるんだけど、結果的に弁当計画は白紙になる。というのも6月になって発覚したんだけど、給料に残業代が一切反映されていない。募集要項には「40時間までの残業代込みで、超過分は別途支給」って書いてあったのに、時給換算したら900何円とかになったので「もう仕事しない」と宣言してバイトにしてもらった。

6月には本田が家族でやってきた

んで、6月10日支給の給料で件の「残業代問題」があって、退職することを伝えて…この時点でまだ次の仕事が決まっていたわけではなかったんだけど、余りに腹が立ったのでもう即刻辞めることにした。とはいうものの社員なので「明日から来ない」ってわけにもいかないので、「一応やることはやる」レベルで「店のために会社のために一生懸命」とかてスタンスの一切を外して、かなり適当に毎日を過ごすことになる。

さて、ここで転機である。

宮古島来て最初の給料が手取りで10万切るくらいだったんだけど、まあそれでも生きていけるくらいの生活しかしていないのね。で、素麺屋入ったときに「3か月は社会保険が付かない」とかってーんで、社会保険自分で払おうとしたんだけど…この時初めて知ったんだけど、個人で国民健康保険に加入すると、月の保険料が10万ほどになってしまうらしい😲

意味が分からないのでその場で税理士に電話したら「所得の高い人はそうなるんだ」という説明にならない説明を受けて…まあ仕方がないので払わなきゃならんのだけど、大学卒業してこれまで「正社員」として働くことしか知らなかったので、そんな国民健康保険なんてはらったことなかったわけよ?

で!要は「社会保険さえ入れればいいのか?」という事に気づいた。

やきとりやめることにして、いくつか仕事探したんだけど、その中の一つで「月に80時間働けば社会保険は入れる」ってーのがあったのよ。

ワシの場合は「給料が多い」よりも「休みが多い」というのが条件としては比重が重いので、これは願ったりかなったりである。

という事で7月から「バイト」で働くことになった。ホテルの朝食で朝6時から10時という「たった4時間」という仕事である。しかもバイトなので休みとるのも自由自在である。

ちょっと時間さかのぼるけど、6月に仕事辞めるの決めた時に旅行に行こうと考えた。確か「さっぽろまつり」とかってーのが、大通公園に屋台がいっぱい出て楽しそうだったはずだと思って、札幌にいる友達に「サッポロ祭りって7月の上旬とかだったよね?」て聞いたら「6月でもう終わってますよ」って…計画がとん挫して「さてどうしようか…」、旅行行く気は満々で気持ちの持って行くところがなくなってしまった。

娘と話したら「じゃあ九州いかないか?」とかっていうので行き先を北から南に切り替えた
※こっちから行ったらどっちも北である。

旅程は「8月の後半」という事が決まった、これが6月の出来事である。
んで、なんでこの話が出たかというとだな、「バイトならば旅行で長期休むこともできる」ってことなんだな。7月にホテルに採用されて、さっそく8月に1週間ほどの休みが取れるってことなのだ、正社員だと「半年は有給がない」とかってことになると思うのだが、バイトなので気兼ねなく休んで大丈夫なのだ。

という理由もあって「初老のフリーター」という新しい生き方を見つけたのがこの時期であった。

さて、すっかり自分でも忘れ気味なのだが、わしは

「晩年は南国で小説でも書いてのんびり過ごす」

ってことで、今現在宮古島にいるのだが、肝心の「小説を書く」というのが全く置き去りにされているのだ。

ということで「そろそろ書かないといかん…」ってことで、Macbookを立ち上げようとしたら…起動しない😓

Appleに電話したりして何とか起動を試みるもダメで、「もう一台Macがあればどうにかしようもある」ということで…

その「もう一台」が届く

新しいMacbookからOSをUSBに抜き出して…とか、「ナントカディスクモード」で動かないMacbookをHDとして起動してデータだけ抜き出そうにも、結局打つ手ないまま…

結局Apple Careで入院という事になって…

戻ってきた

戻ってきたはいいけれど、結局中のデータは消えたまま…

130ページほど書いたわしの書きかけは無残にも消え去ってしまって、同時にモチベーションも同じように消え去ってしまった…😩

で、8月は…

オリオンビアフェスがあって


娘と九州を一周して

と、フリーターっぷりを満喫した夏休みとなった。

9月には綾ちゃんとノブちゃん夫妻に会いに石垣へ一拍

石垣から戻ったら今度は弟が来島

弟が2泊3日で来島して、余りにも楽しかったのだが、弟が宮古に来るのもわしが東京に行くのもアレなので「年に何回か国内旅行をしよう」という事になった。これも今から楽しみである。

10月は宮古の仲間が企画した「アニソンフェス」で、影山ヒロノブさんのステージの前座でドラムたたいたりして、久しぶりにLIVE的なことをやったりもした。

11月は杉山清貴さんが「ファンクラブツアーで沖縄に来る」というので、「同じ県内にいて顔出さないのもいかんだろう」ということで、1週間ほど本島へ旅行。

コンビニの前でわしと本田と杉山さん


宮古の肉まつりも行った、しかも二日連続

秋ごろから「ドラクエの新しいのが出る」と聞いていたんだけど、「まあ今更3やってもなあ」って思てたんだけどね、Facebookで友達が「面白い」とか言ってる投稿を見て…

またやってしまった

2023年の12月に「もうやらないから」と、娘にSwitch送ってから1年後…また同じものを買うことになるとは😩
 

そして12月は毎年恒例…まあわしは毎年はいかないのだが、本島の友達レイの店の周年祭である。

基本ご挨拶である


とまあこんな一年であった。

冒頭の話だけどね、宮古に来て9年目になるんだけど、ほぼ毎年転職があって去年だけで2回変わってるんだよね。8年で9回仕事変わってなかなか落ち着かない中で今年は安定して続けられそうな仕事について、仕事場の仲間も素敵な人たちだし、社長も良くしてくれるので今度は長く続きそうな予感…というか今のところ辞める理由が全く見当たらないのだな、居心地いいし。

なにより、「毎日10時以降が自由時間」というのがたまらない!そんでもっていつでも休める😆

まとめると…

1月 素麺や退職、研修で名古屋へ
2月 名古屋から戻って店の工事とか保健所とか手配しまくる
3月 WBCにどっぷりつかる、大谷世界一を決める
4月 焼鳥や営業開始、日々満席で大盛況の日々 ドラゴンズ一瞬だけ単独首位
5月 前年の大腸ポリープの経過観察でがん検診、異常なし 上野さん来島
6月 残業代が丸々カットされたことに腹立てて転職することにする 57歳になる 本田来島
7月 ホテルの朝食係として働き始める Macbookが起動しなくなる
8月 台風が一回だけ来た 娘と九州一周する
9月 鈴木夫妻に会いに石垣へ 弟来島 波多野さん来る
10月 アニソンフェス出演 Macbookの中身が空っぽになって修理から戻る
11月 杉山さんと沖縄本島へ旅行 肉まつり
12月 またSwitchが届いてドラクエ3 沖縄本島へ一泊旅行 真理子夫妻来島

読んだ本:34冊(昨年比+8)
見た映画:179本(昨年比-64)
見たドラマ:24本(昨年比-9)

2025年こそは本の一冊も書き上げないといい加減マズイ…こっち来て10年になっちゃうからな。

ということで、2025年も皆さんよろしくお願いします😁