2024年8月19日月曜日

2024年、後半からわしは「〇〇〇」になるのだ!

 ということで、前回のBlogの通り、焼鳥屋を辞めることになった

↓やめることになったいきさつはこっち

5月の給与明細が届いたのが、6月の上旬。
すぐに辞意を伝えて、わしはとりあえず「アルバイト」という扱いになった。

アルバイトになったのはいいんだけど、前にも気づいてびっくりしたんだけど、わしは「手元に来ない収入」というのがあってね、自分でわかってないんだけど年収レベルだと結構とってるみたいなのよ。この辺は税理士がやってるのでわしは全然把握していないんだけど…

前のどっかの会社で、「3か月は社会保険ない」ってーんで、不安だから市役所行って「健康保険はいりたい」て話したのね。そしたら「月額9万何千円です」とかっていうの。

え(・・?)

でしょ?

わけわからんのでその場で税理士に電話したら「お兄ちゃんは(澤田家のという意味で)年収がどうのこうのなのでそういうことになるんです」とかって言われてな。

「そんなの払えん!実費診療したほうが安いんじゃないか?」

って聞いたら

「年収高い人は、健康保険の請求書見て具合が悪くなるって笑い話もあるほどですから…」

全然笑えない(--;)

まあ、とかとかってことがあったので社会保険は必須だったのよ、まあわしの解釈では「=正社員」という風に認識していたのね。

という事で「正社員」の道で仕事を探し始めたわけだ、6月上旬から。

で、わしの条件としては

・朝早くていいので18時までには終わる
・もっと早くに終わってもいい
・週に二回は休みたい
・できればもっと休みたい
・給料はこの際どうでもいい
・で、社会保険が必須である

まあせいぜいこんなもん、特に無理は行ってない…はず…

ところが、だ!(←最近お気に入り)

「18時までに終わる」となると、「居酒屋」という選択肢は消える。

まあ元々飲食店で探しているわけではないのだが、飲食店の求人が多いのでどうしても飲食店という選択が最初に来てしまうんだよね。

で、「お!これはいいかも?」と思ったのがレンタカー屋。

知ってる人は知っていると思うけど、内地で車屋にいたこともあったので

「どうせ洗車ばっかだろうよ、洗車なんて得意分野だぜ!」

くらいに思ってレンタカー屋に応募した。

断られたヽ(;∇;)ノ

こっち来てからね、転職はほとんど百発百中だったのよ。
まず断られることなかったので、かなりの自信をもって挑んだんだけどなんと断られた。

そっから先、何軒かレンタカー屋に履歴書出したりしたんだけど全滅!

さて…困ったことになってきたぞ…年齢かな…

一応一件内定もらったのよ、なんだけど「休みが週イチだ」ってーんで保留にさせてもらった。

あとね、「タクシー運転手紹介所」みたいなとこがあって
・二勤一休である
・時間は自由になる

というので話を聞いてみることにしたんだけど、
やっぱ観光客が多いので多くの客が観光客であるのと、
あと、誤解を恐れずに言うならば…

誤解もへったくれもないし、文字通り受け取ってくれてかまわないのだが

わしは人種に対する偏見が強い<(`^´)>

特にアジア系、中国とか韓国系である。

あいつら絶対に日本語覚えてこないじゃない?

欧米人でも「コニチワ」とか「アリガト」くらいは言うよ。

ところが支那人も朝鮮人も絶対日本語しゃべらない!

ナントカ自国語で意思疎通しようと押し付けてくるんだよな。

ものすごく腹が立つので、店でも話しかけられても無視することにしているんだけど、
そういうわけで「やっぱりタクシーは無理だ!」という事になった。

ここらでちょっと焦り始めたのね

「もしかしたら…転職決まらないかも…」的な…

とりあえず生活費を確保するために、
前職のとんかつ屋に「ちょっとお手伝いします」という事で戻ってみた。

とんかつ屋、たまに焼き鳥屋…ということである。

焼き鳥屋は時給1250円なんだけど、とんかつ屋は1100円だ。

まあ時給はこの際どうでもいい、「毎日行く場所がある」というのが大事だ。

という事で、この時点で「アルバイター」的な立ち位置になった。

それでも不安なので一応「正社員」の道を探して…転職サイトを…

「ホテルの朝食、時給1240円」
「フルタイムも相談に乗ります」

ってーのを見つけた。面接に行った。質問した。

「フルタイムも相談に乗りますってーのあったんですけど」

って聞いたら

「えっ!いや…フルタイムってーのは今は…」と、どうも歯切れが悪い。

こちらとしては「社会保険が必要だ」という事を話したら

「それだったら手はあるかもしれない」

という事で調べてもらったんだけど、どうやら
「週に20時間以上働けば社会保険つけてくれる」
という事らしい。

ちょ…まてよ…

週に20時間以上…、「以上」ということは「20時間でもいい」とも解釈できる。

つまり月に80時間だけ働けばいい…

実際の勤務は朝6時から10時のホテルの朝食係なんだけど、
それが終わった後にホテルのレストランの掃除を2時間やるという事で
「1日6時間勤務のアルバイト」ということで、社会保険つくという。

自問した
(週3~4回勤務すればいいという事?)

答えは決まっている。

「じゃあそれでお願いしまあす!」

ということで、ホテルの朝食係になることになった。

勤務時間は前途のとおり、6~12時である。
午後から自由時間である。

しかも、月の半分くらい休みである。

こんないい仕事があっていいのか( ̄▽ ̄)v

どうせ暇なので、とんかつ屋もイレギュラーで続ければいい。
シフト入ればとんかつタダで食える( ̄▽ ̄)


ん?これって…

フリーターってやつか(@ ̄□ ̄@;)!!

おそらく、人生で初めて「フリーター」という立ち位置に属することになった。

初老にもかかわらず、だ!

という事でわしは自分の属性をこう名乗ることにした

ショローターである!( ̄▽ ̄)

「わしにわし(庭師)」に匹敵するゴロには程遠いのだが、
とりあえずは「ショローター」を名乗ることにした。

アルバイトの何がいいって「出勤日は希望出せばほとんど通る」というところである。

今月の23(今度の金曜)から5泊6日で九州一周してくるんだけど、
こういう旅行もそうだし、「オリオンビアフェスがあるから休む」
とかってのも自由自在である。

本田が来ると1週間~10日くらいいるのでなんか休みづらかったのだけど、
今後はいくらでも休めるのだ。

そして9月の前半には弟とか中高の同級生も遊びに来るんだけど、
ここも全部休める!

すばらしい!なんで今までこれにしなかったのだ!

と思うくらいである。

しばらくはショローター生活になるのではないだろうか?

もしかしたら、宮古に来てから一番長く勤められることになるかもしれない♪

…ってまあまだひと月たった程度なので、どうなるのかはわからんのだが、
今のところ気に入ってます(^^)v

さて…いつまでかなあ😁


2024年8月15日木曜日

「やきとり海亀」開業から「株式会社島物語」退職までの道のり

 あらかじめ断っておくが、このBlogはフィクションである。

まるで「謀った」かのごとく綴られてはいるが、中身は完全に私の創作である。


今年になって素麺屋を辞めて焼鳥屋に就職することになった。

そこら辺の顛末は過去のBlogにあるので割愛します。

↓そこら辺の顛末

https://rockbarmalmsteen.blogspot.com/2024/02/2024day1st.html

閉店したやきとり海亀

※本当は「休業」であるが「事実上閉店」と言っていいだろう

1月に素麺屋辞めて、2月に転職して焼鳥の修行で名古屋に「少しだけ」行くつもりが延長されてひと月を超えることに…

3月に入って店の工事に立ち会ったり、厨房設備に関してああでもないこうでもないと話して図面書いてもらって…なんだかんだで工事が終わって開業のめどがついたのが4月。

元々は3月後半には開店させるつもりだったのだが、ずれにずれ込んで結局開店したのは4月11日。

新聞にも載った

宮古の島民は基本的に所得が低いんだけど、低所得の割には酒飲む習慣が…もう「習慣」というより「島民体質」というか「ほかに娯楽がないから酒飲むしかない」というのが本質なんだろうけど、まあとにかく酒飲みが多い。

前途のとおり所得は高くないので「とにかく客単価が安い店に」という事で、かなり価格を抑えた居酒屋にした。

ラジオでも話したのだが「焼鳥屋だけど、焼き鳥では勝負しない」というところにもこだわった結果、なんだかんだで地元客がついてきてくれて連日そこそこにぎわうし、週末は予約でいっぱいになるほどいい感じで売り上げが上がっていっていた。

ところが!  だ!

メニューは増やして、お客さんが飽きないように…

客商売やってて大事に思うのは「飽きられないこと」だと思うのね、「まああそこ行ってもどうせ…」とか思われたら客足離れていくので、常に新鮮な何かを提供し続けようと、日替わり週替わりのメニュー作ったりして…

で、ここで問題だったのが「社員がワシ一人だった」ということ。

朝から行ってランチの仕込みやって、ランチ営業して片付けて、それ終わったら今度は夜の営業の仕込みやって、夜の営業やって片付けて帰って…という毎日の繰り返し。

朝から晩まで完全に一人で準備しなくちゃならんので、それなりにやることは多い。

運営している「株式会社島物語」という会社の社長に「社員増やしてくれ」と頼んだんだけど「月商が200万になったら考える」という事だったんだけど、この時点で「もうだめかもな…」とは感じ始めていた。

どのくらい働いたかというと…

このくらいである

ざっくりで350時間ほどである。

5月ひと月で、ほぼ720時間の半分を仕事に費やした。

人生の残り時間が少ないにもかかわらず、だ!

これに対して、会社は事前の通達も説明もないままに残業代をカットされた。

採用募集には「超過分は支給する」と書いてある


この時点で時給に換算すると906円とかだ。

ちなみに沖縄の最低賃金は896円とか…

こんだけ働いてほぼ最低賃金である(ーー゛)

ちなみにうちのバイトの時給は1250円、これだったらバイトのほうがましである。

という事で、報復することにした。

まずはわしの待遇を「アルバイト」にしてもらった。会社には「これだったらほかで働いた方がいいので、パートタイムで手伝うことにするから」というのが建前であるが、本音のところでは「レギュラーで一定の日数を勤務する必要がなくなる」という部分を逆手に取ったわけである。

これに対して会社は「店長手当的なもの3万と、買い物等に必要なガソリン代を毎月支給する」というので、「店長的な仕事は勤務時間内に行うので結構です」と断った。あとから「こんだけ手当出しているじゃないか」的な言い訳を与えないためである。「いえ、私はあくまでも責任のないアルバイトです」という事にしなければならなかったのである。

やきとり海亀で焼き場の仕事ができるのは、ワシともう一人は前職からの付き合いの中本さんとの二人だけである。つまり「どっちか」がいないと焼鳥屋としての商売が成り立たないのだ。

そしてわしは「アルバイト」という立場になっている。会社には「前職に戻った」という事にしてあったが、そんなことは事実として確認のしようもないので「前職に戻った」という事にして「毎日勤務できるわけではないという設定」を行ったわけである。

枠組みはできた。

もしワシが会社に対して忠誠心やらがあったら「中本さんがいない日にわしが出勤して、交互に焼き場に入ることにする」という事にするだろう。

ところがすでに会社に裏切られているので、わしは「中本さんがいる日に限って出勤する」という事にした。

これでわしらどっちもいない日というのが確定する、つまりは「臨時休業」という事になる。

↑のタイムカードが「2024年5月分」となっているが、この給料が支給されたのが6月10日である。残業代丸々カットが発覚したのがその日で、即日電話してアルバイトにしてもらった…この時点で6月中のシフトは確定してしまっていたので変更は効かなかったのだが、7月のシフトからは「ほぼ臨時休業」という事になった。

7月のひと月で営業したのは10日程度だったと思う。

まだ6月からの余波はあったので7月の前半こそまだまだ売り上げはあったのだが、後半に差し掛かってからというもの、目に見えて売り上げが下がった。

8月に入ってからも衰えは加速して、もうすでに「売り上げがアルバイトの日当さえまかなえない」ほどになった。

ところで、焼鳥屋である。

鶏肉はさておき、肝類の足はものすごく早いので、せいぜい1~2日で使わないと危ないので、「営業する日」に準備した鳥串はほぼその日のうちに廃棄されることになる。

刺身なんかも同様である。

8月に入ってみるみる売り上げが下がっていくなかでわしが提案した。

売り上げはバイトの日当にさえならないし、営業すればロスばっかでやればやるほど赤字になるということである。

「この際、ほかの社員の採用が決まるまで休業してはどうでしょうか?」

エリアマネージャーという人と、総括責任者という人と社長とで協議した結果…

では休業しましょう!という答えが返ってきた。

さて、この「休業」という判断だが、おそらくこの店は一旦休業したらもう回復は不能だろうと思う。

まずは場所が悪い。「宮古島の竹下通り」と呼ばれる道があるんだけど、そこら辺に飲み屋が集中していて、そっから「カラオケスナック街」に向かう動線があって、「やきとり海亀」は完全にその動線と逆ベクトルの方向、つまり「家に帰る道の方向」のほぼ住宅街にあるのでよほどのことがない限り、そっちに向かって飲みに歩いてくる人がいないのだ。

そんでもって今回の開業に成功したのは新聞とラジオである。新聞はワシの仲間が社長やってるので「ちょっと取材頼む」という事で写真付きで「曙死亡」よりも大きい記事で出してもらった。

「新聞見て…」とか「ラジオで聞いて…」とかって人が多かったのは事実である。これで一編に話題になったのは「宮古で一番安い店」という幻想を抱かせたからに他ならないと思っている。

※実際には一番安い店ではない、「一番安い店を目指している」のである

という事でおそらく「再開店」したところでもう遠のいた客足は戻らないだろう。

それともう一つは、宮古島の人材不足である。
ただでさえ人材不足なのに加えて「ブラック企業だ」と、わしがカウンターの中で散々言ってるし、友達にも伝えてある。

まさかそんなブラック企業に応募してくる酔狂な奴もいるまい。

ついでにIndeedに「この会社の募集内容に虚偽がある」と通報もしておいた。

まあなかなか採用することも難しいだろうよ。

といういきさつで「やきとり海亀」は再開のめどが立たない休業を余儀なくされたのであった。

引継ぎの相手さえいない中なので、わしは自動的に退職。わしが誘った中本さんもルイももう戻ってこないだろう。社員採用できたとしても、どこの店も従業員の採用に困ってどんどん時給が高くなっていっている宮古島である。バイトもなかなか採用できないだろうな。

という事で、多分このまま閉店するだろう。

たった数万円の残業代をケチった結果がこれである。

※繰り返しになるが、本稿は「フィクション」です、それっぽい固有名詞は出てきますが実在する店舗や会社とは一切関係がなく、もし一致したとしても「偶然の一致」の域を出ないものと推定されます。

この後の仕事のこともまた改めて報告します。

離島生活、楽しそうだろ( ̄▽ ̄)v





2024年2月17日土曜日

名古屋出張〜The Last day

 前章 The Last Week

長い名古屋生活もやっと帰る日になった。もうどんだけこの日を待ち望んだことか…

ついたその日からである(ーー;)

まあとにかくやっと帰れるってことで、もう楽しみすぎて5時前に目が覚めてしまった。

シャワー浴びて一服して…

まだ5時にもならない( ̄▽ ̄;)

仕方ないので、早いけれども撤収の準備を始める。まあカバンに物突っ込むだけなのでこれもあっという間に終わる。

名古屋行く時に本を4冊持って行ったんだけど、あと数ページで「あと一冊」になるので読み始めたら…

眠くなった(_ _).。o○

ここで寝過ごすとか洒落にならないので、早いけれどもホテルを出ることにする。

さらばだ、ワシの狭い部屋

カバンには「名古屋から宮古に持ってってくれ」と頼まれたタブレットが二つ入っているのでものすごく重い。

しかも、「名城線 金山方面」はホテルから歩いて地下に入って、改札通って一番遠いところにホームがあるのだ。

カバンを右に左に持ち替えて、やっとこさホームに到着。金山までは駅4つくらいなのでそこはよかったのだが…

なんと金山で乗り換えようと名鉄のホームに出たら、ラッシュアワーのまさにそれ!

ホームが人でごった返していて、こんな喧騒の中でこの荷物を持って電車に乗るの?

本当に電車って最悪の移動手段である。

なんだかんだで立ったまま本を読んでいるうちに「中部国際空港駅」に到着。

空港で電車から解放されたワシ

でかいな、空港!宮古の空港が10個くらい入りそうだ

もうこの日は「朝ごはんから回転寿司にしよう」と決めていたので、栄の街中では朝食取らずにきたんだよね。

予定通り回転寿司の開店を待って…

なんとコハダがあるではないか!

7皿くらいで勘弁してやるのだ!

この程度で抑えたのは、このあとカレーうどんかきしめんを食べようと思っていたので、この程度にしたのだが…

なんかもうどうでもよくなったヽ(;▽;)ノ

もうそんな食わなくても、あと飛行機乗ったら本読んで寝るだけなのでこれ以上食うのはやめておいた。

少し早いが、搭乗口まで行っておく。

おぉ!いよいよ帰還である( ̄▽ ̄)

そして離陸、さらば名古屋

遠くに見えるは富士山か?

寝たり起きたり本読んだりすること、数時間

「着陸準備に入ります」とのアナウンス

おぉ!なんとも田舎な風景(T▽T)

名古屋上空からの写真と比べると…

構成する色が緑と茶色である( ̄▽ ̄)

家の玄関入って部屋に戻る

なんか…加齢臭がする…(ーー;)

そして寝室

さっきまでホテルの部屋にいたので明らかにオイニーがガウチーである

さらに強い加齢臭がするヽ(;▽;)ノ

ワシってこんな匂いだったのかと、少し残念な気持ちになった自室への帰還であった。

名古屋での研修で少しだけ心残りというか、やり残したことがあった。

これ

19点までしか集められなかった…orz

仕方がない、白いお皿はメルカリで探そう。

そして自分へのお土産、山ちゃん

宮古で唯一美味しいと思えるマグロも買ってきた

飛行機で少し寝たとはいえ、流石に5時前に起きていたので、少し酒飲んだだけで眠くなって、加齢臭のするベッドで深く眠ったのでした。

いやいや、本当に長かった名古屋出張。

おかげで串うちもその鶏を焼くのもまあまあほどよく経験して、あとは宮古に戻って回数積むだけである。

その「宮古の店舗」もまだ工事が始まったばかりなので、いつ開店できるか先が見えないのだが、とりあえず3月の中旬を目指して準備を進めていくのだ。

余談

あんだけの都会にいたのに朝行かなかったのは唯一マックである。

「まあ宮古でも食える」というのもあるが、なんと言ってもホテルから若干距離があったので、「もうこの際マックは宮古に戻ってからでいいや」ということで諦めた。

ということで、帰島して最初の朝ごはん

まさに故郷の味である( ̄▽ ̄)

そして、Blogなんかの素材を携帯から写したりして、あれこれ面倒な仕事片付けているうちにお昼の時間。

これまたひと月ほどご無沙汰の…

大盛りスパゲティである


まあ「大盛り」っても立ったの170gなので、いつものやつよりも100gも軽いのだ。

まだまだ開店準備もこれから、また目処が立ったら報告します♪


2024年2月16日金曜日

名古屋出張〜The Last Week

3rd Weekはこっち

さて、長い名古屋生活もいよいよ最終章。

10日に帰れるはずが16日になってしまったのだが、まあそれはそれで楽しみはあった。

全く不慣れな名古屋で、しかも全国でも珍しく友達が全くいない街、名古屋。

その街に最強の助っ人が現れる

ご存知、デブ社長

当初、28日と4日の日曜しか休みがなかったのだが、社長も流石に日曜はイベントがあったりとかで、東京を離れることができないということで絶望的だったんだけど、11、12の連休だったら11日には名古屋に来れるというので、12日は朝から社長に名古屋を案内してもらえることになった。

あ、ちなみに社長は名古屋出身なのね。

この日もやっぱり楽しみがすぎて4時台に目が覚める。

朝はモーニングに連れて行ってくれるというので、朝飯は我慢して9時のお迎えを待って社長と合流。

まずはモーニング

わしゃ知らなかったんだけど「モーニングセット」というのがあるんではなくて、「ドリンクを頼むとモーニングサービスでトーストがついてくる」というものだった。

朝ごはん食べてから、徳川園へ

この程度の写真しか残ってなかった

土産物コーナーで傘を見つけたんで買おうかなと

持ち手が日本刀だ

しかしよく考えたら宮古に8年いるけど、傘さした記憶ないんだよね

おまけに…

帰りの荷物としてはものすごく邪魔である(ーー;)

ということで、写真だけ持ち帰ることにした。

徳川園を出て社長の運転で名古屋の街を案内してもらう。

「ここがなんとかだよ」
「ここら辺がどこそこで…」

実際観光なんて、この程度がいいんだよね。

名古屋行く前は、桶狭間とか、清洲城とか、長久手の古戦場とか…なんて色々と考えてたんだけど、結構そういうとこ行っても「ふうん…」で終わっちゃうものなので、道すがらにそういう説明してもらうのが一番効率よくてありがたい。

んで、次は名古屋城

社長のリクエストで「マルムスティーン!」



加藤清正が運んだ岩だとか

残念ながら「工事中」とかで天守閣には登れなかったのだが、こんだけ名古屋来てて初めて名古屋城を観光できた。

城下で飯でも食おうかということになったのだが、どこも行列で諦めた。

すごい、金箔ソフトクリームだって!

寒いので食わんけど…

車で移動してイオンモールへ

うぉっ!さすが地方都市、巨大である

まあなんか「どうってことない」っちゃあないんだけど、東京にもこんな巨大なショッピングモールはないのでなんか感動的でさえある。

おまけに入ったところに惣菜やとかたくさんあて、デパ地下みたいにいい匂いがして興奮してしまったよ。

腰を落ち着けたところで、社長がなんか色々と買ってきてくれた

「おぉなんて至れり尽くせりな…」と思ったら「食べないの?」って…

あぁ…そうか…

自分の分だそうだ( ̄▽ ̄;)

スガキヤの「特製ラーメンがおすすめ」というので買ってきて食べる。

なんと!

これ、なんて呼べばいいんだ?フォプーンか?

んで、そっから犬山城へ移動。

城下あたりには浅草の仲見世のような商店街があるんだけど、どこも楽しそうで「モールであんなに食わなきゃよかった」と思うくらいだ。

こんな建物の中に

これでもかと、屋台が並ぶ

謎の注意書き…禁止事項に「素泊まり」って(^^;)

坂を登って城に到着

思いの外大きくはない

天守閣からの眺望、ものすごく寒い

時間も時間なので、犬山城を撤収。高速に乗って市内に戻る

んで、冒頭の乾杯


夜は「味仙」という台湾ラーメンで有名な名古屋メシ…

なんかおかしいんだがな…名古屋名物「台湾ラーメン」って…(ーー;)

しかしどれも美味しい

最後は「その」台湾ラーメン

社長のおかげで、まあほぼ1日でそれまでの名古屋滞在を上回る観光ができた。

さて、長くなったがこれは「最終週」の冒頭の1日にすぎないのだが、こっから先は内容が希薄なのでほぼすっ飛ばす。

研修自体は「残すところ3日」となったので、ワシ的には仕事よりも朝晩の食事のほうが重要だったりする。

特に朝ごはんは宮古では食べられないものを飽きるほど食べておかないといかん。

ということで計画したのは

13日:ゆで太郎
14日:やよい軒
15日:松屋

という予定を組んだ。

予定通り、13日はゆで太郎

夜は仕事したんだけど、次の朝はやよい軒でたらふく食う予定だったので夜食はなし。

んで、翌朝。14日は予定通りやよい軒に行くはずだったんだけど…

一昨日の食事がまだ胃にもたれている(ーー;)

ちょっと「ご飯4〜5杯」とかいう状態ではないので、順番を入れ替えて松屋にする

いつものソーセージエッグ

それでも一応ご飯は特盛にしておいた(^^;)

数えてみたら、この三週間で松屋は6回行ってた、4日に一度のハイペースである( ̄▽ ̄)

仕事終わったあとは、翌朝に備えて、寝る前に一応胃薬飲んでおいた。

翌朝、「スライド登板」となったやよい軒

胃薬パワーで、朝からきっちりご飯を5杯食った!

まあもうしばらく宮古での食事は押さえておいたほうがいいだろう。

最終日に限らないんだけど、「練習」という名の毎日焼き鳥食い放題である。

流石にもうしばらくは焼き鳥は食いたくもない。


そして最終日の最後の晩餐は藤一番のラーメンである



これも数えてみたら7回も行ってた、仕事の研修で行っているので文句言う筋ではないのだが、こんなことでもないと楽しみが全くなかったのだ。

と言うことで名古屋研修の全日程が終了。

「あとは帰るだけ」となった。

The Last Day編に続く