2016年11月16日水曜日

番外編:送別会で食べなかった、東京で食べておきたかったものたち

住んだ街は多くないが、転職が多かったので勤めた街は多い。

勤めた順番にあげると、渋谷桜ガ丘、青山一丁目、六本木、世田谷代田、三宿、渋谷三丁目、(羽田、外苑前)、大崎、(四ツ谷、渋谷宇田川町)、三軒茶屋、(歌舞伎町、池袋、神保町、高田馬場)、溝の口、高津…(カッコ内は同じ会社)

結構あるな(^_^;)

13回も就職して、次が14回目か・・・・

しかも宮古島( ̄▽ ̄)

BTW、勤めた先々で、記憶に残るランチの店があって、まぁなるべく全部と思ったんだけど、さすがに行ききれない。

これらの店はグルメ雑誌なんかにはまず乗らない、ほぼじみぃな店ばっかだ。

例えば…

勤めた順に
渋谷 蓬莱亭の生姜焼き(閉店)
青一 くろ麦のぶっかけそば
六本木 ほの字の生姜焼き
渋谷三丁目 じゃぶ屋のじゃぶ(閉店)
外苑前 蟹漁師の家のカニチャーハン
大崎 やまもとの天ざる(婆さん生存説アリ)
四ツ谷 りょうまのそぼろ丼
歌舞伎町 元ちゃんの焼肉ランチ
歌舞伎町 玉蘭のワンコイン定食(閉店)

他にも送別会ではいかなかったけど、東京で食べておきたかったものが幾つかあった。

さすがに全部はいけなかったけど、記念に残しておく。

吉祥寺、あじとの豚しゃぶ

なんかの集いで初めて食べた黒豚を出汁でいただくしゃぶしゃぶ。

後に店を経営する繁昌さんと親しくさせていただき、一時はフランチャイズ店を出そうとまで思ったりして研修とかもやらせていただいたんだが、物件が決まらず結局はBARをやることになっちゃったんだよね。

そういう意味では「飲食業」に足を踏み入れるきっかけになったお店。

東秀の回鍋肉

中学生の頃、仲良しだったゲンの家の近くの東秀が初めて入った東秀だった。

タイミングは忘れたけど、後に梅ヶ丘にあることがわかって、親が出張がちの俺ら兄弟は散々食いに行った、「もはやおふくろの味」に近いもの。

プロはお盆のヘリに乗せて食う

知ってる人は知ってると思うが、かなり油がギトギトにできている。

お盆のヘリに乗せて、油を片寄せて食うのが通の食い方である( ̄▽ ̄)

松屋の朝定、鮭納豆に卵付き

実は松屋の鮭は上手い!

朝定の中では「高額商品」の部類に入るので、なかなか手が出せないのだが、この際思い切ってフンパツした。

ちなみにタマゴは別売りである。

450円+60+ライスおかわり(160)で670円という高額商品になった。

王将の中華丼

厳密には「中華飯」というのがメニュー上の正式名称である。

なぜか子供のころ王将のサービス券がそこらじゅうで配られてた。

当時、下北沢の商店街の入り口のところ・・・代一元の前・・・ほとんどわかる人いないと思うけど、あそこのとこにあった。

知ってる人いると思うけど、俺は餃子がそんなに得意ではない。

嫌いじゃないけど、3個くらい食べると飽きちゃうのだ。

なので、王将と言ったら中華丼、となる。

まぁそうじゃなくても中華丼は好きなんだけどね。

本当は渋谷のラーメン王に行きたかったんだけど、近いので王将で済ませた。

ガストのハンバーグ

ガストが特別美味いわけではない。

なんと宮古にはファミレスがないのだ( ̄▽ ̄;)

なので、近場にあるファミレスに行っといただけ(^^;)

しかも朝行くと朝刊が読める

そしてホテルの朝食的なモノ

こういうのが大好きだ。

元々が欲張りにできてるので、パンもご飯も食べたいという欲求にはピッタリである。

しかし、宮古島・・・

周りは・・・どころか就職先もホテルだが、こういうのは叶いそうにない。

東急ホテルに朝buffetがあるらしいが2200円だとの話。

なんか同業他社に金落とすのもなんか良くない気がするので、都内にいるうちに行っておこうと思った。

近いとこだと、二子玉川のエクセルか高津のパールホテルがいいんだが・・・

あえて朝から渋谷に行く、ここだ!

渋谷で店やってた時にもわざわざ駅の向こう側まで食べに行ってた。

サラダがちょっと残念なんだが、カレーもあって食べ応えはかなりある。

14日の夜にデブ社長と兆楽行こうとしてたんだけど、飲みすぎちゃって残念ながら行けなかったんだ・・・・もう気持ち悪くってね(--;)

ということで、色々心残りがある東京の食事でした。

今度行ったときはどれか食べよう( ̄▽ ̄)

11月15日(火)~さらばトウキョウ、宮古ヨロシク

49年前、東京都世田谷区の上馬で生まれた。

以降、何度か引っ越しはしたものの、ずっと世田谷区内で生きてきた。

生を受け50年目、東京を去る決意をした。

理由は前にも書いたけど「寒いのが嫌だから」(^^;)

まぁ「メインがそれ」ということで、他にもいろいろあるんだけどね、それはまぁ置いとく。

ここ数日で、宮古へもろもろ荷物送ったりして、部屋はもぬけの殻に・・・・

出発当日、出ようとすると入れ忘れを発見するという繰り返しで、なかなか出れない。

出ようとすると玄関でサンダルを見つけ、コンビニ袋的なものに詰めてカバンに突っ込み、また出ようとすると携帯の充電ケーブルを発見して・・・

ギリギリで出て駅まで歩こうとするが、思いの外荷物が多くて重くなり、あっという間に挫折してタクシーへ。

羽田到着。

偶然、同じ時間に札幌に立つマサと短時間ではあるものの茶でも飲む。

ということで俺とマサ

空港で最後の食事はアカシアのカレー

そして搭乗

寂寥感がないわけではないが、楽しみの方が大きい

実はかなりの二日酔い、機内ではスープをいただく

宮古島までおよそ3.5時間・・・

二日酔いでだいぶ辛いので、寝たり起きたりを繰り返す・・・

おぉ!島的なモノが見えてきた

海なんか真っ青で底が見えるくらいだ

着陸するぜ

はぁ〜たまらん

空港到着、職場の総務の方にピックアップしてもらって、まずは生活必需品を買いにドンキへ

すげぇ、ドンキでけぇ!(◎▽◎;)

少し迷子になりかけたくらいだ(^^;)

おぉ!ディチェコがあれば生きていける

なんかイチイチが巨大だ

そして寮へ・・・

部屋が1階なのは聞いてたんだけど・・・

おぉ!部屋から海が見える( ̄▽ ̄)

しかし狭い・・・

数百平米の一軒家からいきなりワンルームだ(ーー;)

明日届く荷物が入りきるのだろうか・・・

20時すぎ、とりあえず第1便の荷物が届く、夏物のTシャツ類とパソコンだ

とりあえずテレビを撤去してPCを設置

ほとんどのことはMac Bookで済むんだが・・・・

Windowsはドラクエに必要なのだ( ̄▽ ̄)

これ、東芝のREGZA PCってヤツでテレビも見たりできるので、教育テレビの英語関係の講座見るのにも必要なのだ。

ということで、勉強できる環境は整った。

寮の自販機でシークヮーサーファンタ発見

シーサー付きだ( ̄▽ ̄)

ということで、まずは上陸しただけの宮古初日。

ドンキで色々買い揃えてはきたが、まだまだ全然足らない。

そしてやっぱ車は必要なので、なる早で手配しないとせっかく島にいても何もできない。

まぁ部屋でじっとしてればいいんだけどね。

さて、今日も忙しいぞ!


2016年11月15日火曜日

11月14日(月)~出発前日、一つ足りないフルコース

出発前日、昨日も書いた通り朝から忙しい。

なんといっても4:30起きだ( ̄▽ ̄)←勝手に目が覚めただけ

朝4:30に起きて、二度寝することもかなわないので、つらつらと小一時間かけてBlogなんぞ書いてみたりして・・・・・

お腹が空いたので、朝ごはんを食べに行く!

それも満員電車に乗ってわざわざ渋谷まで!

ホテルの朝食だ

まぁそのほかにもいろいろ用事があったので、そっち方面にいったんだけどね(^^;)

朝ご飯食べ終わって、病院行こうとしたら・・・・

なんと月曜は診察開始が10時だった( ̄□ ̄;)

仕方ないので時間つぶしに歩いて表参道まで・・・

懐かしのモリモビル

六本木通りを渡る

20分強ってとこかな?

表参道に着いたので、病院に電話した。

「世田谷の澤田ですけど、薬の処方お願いします」

「何時くらいですか?」

「いや、実はもう表参道にいて・・・」

「はい、じゃあどうぞ」

ってなもんで・・・

到着

先生に「宮古島行っちゃうんで、薬大量に処方してください」って頼んだんだけど、

「こないだ12月分まで処方しちゃってるんで、いまだせないよ」って断られちゃった(><)


何しに行ったんだか・・・・・(--;)

最後になるかもな渋谷

昼飯、なんとトンカツ

さっきまでお腹いっぱいだったので、ごはんも2杯しか食べれなかった・・・

キャベツもおかわりしなかったのは初めてかもしれない。

なんだかとても残念だ。

一旦帰って荷物を片付ける。

「明日手持ちで持っていくもの」以外はすべて発送。

部屋に何もなくなる、あるのはMac Bookだけだ。

ドラクエもできない。

仕方ないので・・・


寝る(=_=)

もう「勉強もできない」「本も読めない」とくれば寝るしかない

寝てたら電話が鳴った。

一度は無視した、だってこっちは就寝にむかっている

またなった

面倒なので出た

ますます面倒になった(-”-;)

寿司屋の親方から「エムたちと溝の口の改札で5:45に待ち合わせてるんだけど、病院寄ってたら間に合わなくなりそうなんで、あいつらピックアップして先に店に行っててくれ」と・・・


なんだよ・・・寝るつもりだったのに・・・・

ということで、寝るのやめて出かける支度

行ったのは溝の口の蕎麦屋で「初代」という店

前に先輩につれてってもらったんだけど、すごく酔っぱらってて、場所をちゃんと把握してなかった。

ちなみに食ったのも覚えてない(^^;)

でもね、店を知ってる人がいるというのは心強い

にく

肉自体はどうでもいいんだけど、つけていただく「黄身醤油」がめっぽううまい!

コレだけでいいくらい( ̄▽ ̄)

そしてコレ、なんとそば刺し

わさびと出汁醤油でいただく、そしてこれがまたうまい!

間すっ飛ばして集合写真

俺によっかかってるのがエム、「永い」「「夢」とかいてエム。

親方の大澤さんが「永いに夢って書いてエムってーんですよ」ってお客さんに言うと、みんなが「素敵な名前ですね」って言うの。

だから俺は

「永い夢から覚めないといいね」って言ってるんですよ

と余計な一言を付け加えるんだがね( ̄▽ ̄)

すし長のマドンナ、黒沢さん


この二人、なんと同い年だ!

ついでにエムの親も同い年らしい(^^;)

ちなみに大澤さんは、元日本ハムの監督「大澤親分」で有名なあの大澤監督だ。

野球関係に行かずに寿司屋になった経緯は長くなるので聞きたい人は宮古島まで来てください。

本当はこのあと、デブ社長と待ち合わせて兆楽に行こうと思ってたんだけど、飲みすぎたんで残念ながらこれが最後の晩餐となりました。

メンバーが残念なんじゃなくって、「兆楽に行きたかった」ってことね。

ということで、出発のその日です。

それはまた明日。


2016年11月14日月曜日

11月14日(月)〜出発前日に思う、別格のあいつら

出発前日の朝、何と4:30に目がさめる・・・

完全に老人体質である( ̄▽ ̄;)

深酒をしないで、暖房をかけておけば早く起きれるのを最近知った(おそっ)


おまけに今日は朝刊の休刊日である。

時間を持て余してるので、二度寝できずに考えてたことを綴る。


明日、東京を離れる。

特に思い残すことはない・・・と思ってる。

あえて言うなら「あれを食べたかった」くらいなんだが、まぁ離れてみないとわからないこともあるだろうから、一概にはなんとも言えない。

一つだけ確かなことは、やっぱ「人と離れがたい」というのはある。

俺という人間は・・・・俺に限らずなんだろうけど、「特に俺は」だと思うんだが、やっぱ「人の思いに支えられてきた」というのをとても強く思う。

名前を挙げればキリがない。

この数ヶ月、「送別会」という名目で会いたかった人たちと会ってきたけど、もちろん会えてない人もいる。そういう人たちを含めて思う。

で、何が言いたいかというと「別格」の人たちについてだ。

そのことを二度寝できずに考えてた。

一人は別格中の別格。

これは娘だ。

顔を見れば誰もが疑わない俺のDNAを受け継いだ個体。

「娘」である以上、末はどっかに嫁に行くというのはもう20年前から覚悟しているので、いずれは別の人生を歩むことになるんだろう。

これは俺が東京を離れるかどうか関係なく、「末はそうなる」ということなので仕方がない。

体は東京を離れる俺だが、娘と親子なのは変わらず、絆は強く残って消えないものなので特に寂しくはない。

寂しくないわけではないが「二度と会えなくなるわけではない」ということで、寂寥感がないということ。

で、別格がいる。

一人は弟、悦宏。

「弟」「兄弟」「家族」という言葉では言い表せない。

多分、よそのどの兄弟よりも密接にかかわりあって、存在しあって生きてきた。

他人にはわからないだろうけど、本当にいつも一緒だった、何があった時も。

ウチは貧乏だったので、兄弟それぞれに部屋が与えられるようになったのは、もう中学入る頃だった、それまでは普通に同じ部屋で寝起きして暮らしてた。

中学入る頃には、そこそこ裕福な雰囲気になって、家も立て替えてそれぞれ自分の部屋で暮らすようになったが、必ずどっちかがどっちかの部屋にいた。

寝る時だけが別々の部屋で、それ以外はずっと同じ場所で同じ空気を吸って同じ景色を見て同じものを食べて、文字通り「何をするのも一緒」だった。

あ、さすがにトイレと風呂の時は別だよ(^^;)

誰かが「よしくんは澤田くんのbetter halfね」と言ったが、本当に兄弟というよりも「一心同体の半身」なくらいの存在だ。

ところで情けない話だが、お兄ちゃんが不出来だ(><)

その分、弟がしっかりしてる。

ドラえもんとドラミちゃんくらいの出来の差がある。

まぁ俺がこうだから弟がしっかりせざるをえなかったのかもしれないが、「よしが長男だったらよかったのに」と親に言わしめさせるくらいだから、そうなのだ。

俺が身軽に「ハワイに引っ越そうかな」とか思っちゃえるのは、あいつがいれば澤田家は大丈夫だと思うからだ。

それでもやっぱ離れがたい思いはあるが、あいつはあいつの仕事があって生活があって、「一心同体の半身」だとは思っていても、やっぱ別の個体である。

と、弟からメールが来た。

さすが半身だ、思わずその文字列に泣いた。

弟も将来は南国でと思っているらしいので、子供たちと仕事の整理がついたらまた一緒に楽しく暮らせるのだろうと思うと、今から楽しみでもある。

一時的には離れるが、そういう意味では寂しくない。


別格の二人目はこの間久しぶりに会ったマサだ。

出会いは中学、成城だったけど、仲良くなったのは2年か3年の頃。

最初は同じ電車で学校通ってたくらい・・・ヤツが永福町で俺が東松原。

下北沢で小田急に乗り換えるので、東松原から俺が電車に乗るといつもそこにマサがいた。

高校で同じクラスになって、一緒に柔道部に入った。

そこからはこないだ書いた通り、大学卒業して就職するまで。

まぁ誰にでもあるかもしれないんだけど「お互いの彼女が嫉妬する」くらいに仲が良くて、いつも一緒だった。

もちろんそこに弟もいた。

女はよく言う

「アタシよりマサくんの方が大事なの?」

その通りだ( ̄▽ ̄)

「友達」とか「親友」とかいうレベルではない。

この間も書いたけど「友」という文字があまりに軽く感じるほどの存在・・・

こないだ久しぶりに会って、酒も入っていたのでこう言った。

「俺にとってお前は友達とか親友とか以上の存在だからさ・・・」

何気なく返したんだろうが、あいつの言葉が今でも耳に残る

「俺だってそうだよ」

もう言葉にはできない。

やっぱ「あいつはあいつだ」「マサはマサだ」

お互い結婚して、あいつはミネソタへ転勤し、それぞれ家庭を持って、別々の生活をして、特に連絡を取り合ったり、何をするでもなく、でもお互い国境を越えてボンヤリと存在を確認しあっていたりする・・・・

意味伝わらないだろうが、何年たっても「あいつと俺」で「俺とあいつ」だった。

もしかしたらまた20年会わないかもしれない。

でもやっぱそれでもきっと気持ちの距離は変わらないのだろう。

だから、俺がハワイに行こうが宮古に行こうがどってことないのだ( ̄▽ ̄)

いま急に思い出したが、家出した時もマサの家にいた。

マサのかあちゃんにも迷惑かけてたな(><)

と、こんなことを考えてた出発前日の朝。

実は本当は別格がもう一人いる。

長くなるので、それはおいおい(^^;)

しかし「言葉は心を超えない」っていうけど、まさにそれだなぁ〜と思うな。

わかる?チャゲアスね(^_^;)

「格別の人」にあたる言葉がない…

って…

そのままでいいのか( ̄▽ ̄)

さて、今日も忙しい!

まずは朝飯食いにわざわざ渋谷まで行くのだ( ̄▽ ̄)

2016年11月12日土曜日

11月11日(金)〜ほぼファイナルの送別会で出た「すごい名言」

今日も激しく二日酔いです。

やっと体が起きました、おはこんにちわ。

ここ数ヶ月、送別会やらなんやらでまぁ楽しい毎日を過ごさせてもらってます。

中では「巻き戻したいほど楽しい1日」とかあったけど、昨日は格別な仲間との夜で、ホントに心から「夜なんて終わらなければいいのに」とも思ったし、「こいつがいるなら東京に残ってもいいかな」とか考えちゃった。

成城の仲間は知ってると思う。

ご存知、マサ( ̄▽ ̄)

俺にとっては家族以外では一番過ごした時間が多かった、もう「親友」とかって言葉が安っぽく感じるほど近くにいたヤツ。

俺が結婚してから、アメリカのミネソタに転勤しちゃって、まぁお互い家庭もあるしであんま連絡取らなくなっちゃった。

一昨年くらいかな?

日本帰ってきて、熊谷かどっか、あっちの方の工場に勤めてるとかで、せっかく日本に帰ってきても近くて遠かった。

「まぁいつでも会える」とかって思ってたが、いよいよ出発するその日が近くなってやっと会えた。

ほぼ20年ぶりの再会だったよ。


聞いたことある人いると思うけど、

・学生の頃毎年沖縄行ってて

・改造したソアラで湾岸ぶっ飛ばしてスピンして死にかけた

・毎晩渋谷にナンパしに行って一度も成功したことがない

・高校の頃は文字通り麻雀バッカやってて…

・真夏はチューブ聞きながら江ノ島に…


全部こいつと一緒( ̄▽ ̄)

初めてディズニーランド行ったのもこいつだった(^^;)

「男同士できちゃいけないね」って思い知った初めてのディズニーランドだった。


話してたらもう懐かしいこと…

どころか忘れてた事がいっぱい思い出されてね

ところが、思い出せば思い出すほどロクなことしてない

最後に出たセリフ

もうこれは昨日の名言…

つかここ数年で最高のセリフ



もうこれ以上思い出すのやめよう(ーー;)


会社クビになっちゃうって・・・(^^;)

思い出せば思い出すほど自分たちのロクデナシっぷりがどんどん出てくる( ̄▽ ̄)

しかし、俺たちにとっては、ホント文字通りの「青春の数百ページ」だったりする。

ということで、昨日は本当に濃い1日だった。

振り返る


まぁまず朝から引越しの荷物を作って送ってたんだけど・・・


それも5時くらいから( ̄▽ ̄)


15日出発なんだけど、普通の引越しと違って、当日業者に来てもらって・・・

とかって作業じゃあない、何と言っても離島だ!

前にも書いた通り、普通の引越し業者は対応できないので、民間の宅配業者か全国規模の日本郵政さんかの選択になる。

まぁここは流石の郵政さんにお任せすることにしたんだけど、兎に角15日に着くように送るには昨日の金曜日に送らないと間に合わない。

月曜発送だと、翌日につかないのね(^^;)

なので、早めに必要なものは昨日のうちに発送したんだけど、まぁ詰めても詰めても終わらない。

デスクトップのPCとか周辺の小物とかまとめてパッケージしたつもりが・・・

あ(ーー;)

と思うとなんか入れ忘れてたりする。

やっと箱詰めが終わった・・・・と思ったら・・・


出窓とか見落とすっちゅーの(ーー#)

まぁ自分でそこに置いといたんだけど(^^;)

とりあえず急ぎのもの・・・着いた日に必要なものだけ送っておいて

酉の市

花園神社も最後だなぁ〜

とりあえずお参りだけしておいて・・・


昨日は送別会ダブルだったのね。

まずは香山さん

今の俺があるのは本当にこの人のおかげだと言えるくらいの人。

転職多かった俺だけど、上司として俺を本当にうまく使ってくれたのはこの人だけ。

おかげで最高のパフォーマンスが出せて、最高の仕事ができた。

知らない人のために話しておくと、メディアファクトリーに入るきっかけになった人。

当時、俺は中古車屋にいたのね。

中古車屋ってボロい商売で、

「おぉ!何ておいしいんだ!俺の将来、中古車屋決定」

とまで思っていた時に「香山さんって人に会ってくれ」って。

「中古車屋が休みの日だったら会ってもいい」

とか上から物言って会いに行った途端

「この人と仕事がしたい」

と思って、即入社を決意。

「長嶋茂雄の野球人生を綴った作品を作りたい」

って提案したら

「本当にできるんだったら、カネいくら使ってもいいよ」

って言ってくれたのもこの人。

おかげで、スポーツドキュメンタリーの世界では金字塔となるものが作れた。

その後もいろいろあるんだけど、まぁ長くなるのでまたの機会にするとして、とにかくその香山さんといろいろこれまでのこととか、今後のこととか話した。

でもやっぱこの人と話してると、仕事がとても楽しそうに思えてくるから不思議なんだよね。

やっぱりちょっと「またこの人と仕事がしたいかも」って思っちゃったよ。


そして次へ・・・

へぎそば

俺、チョイ、マサ

チョイは店でもあったことある人いると思うんだけど、この3人が最高だったなぁ。

チョイは上野に住んでたんで、物理的にも心理的にもちょっと距離はあったんだけど、でもマサを除いた古い仲間では格別の存在。

マサはホント、10分くらいの距離に居たんで、高校卒業して俺が大学、マサは浪人して中大行って、お互い卒業するまで、前途のとおり四六時中一緒に居たんだよね。

もう昨日はあまりに時間が経つのが早くて、本当に夜が終わるのが残念だった(T−T)

ということで、最高の夜で基本的に送別会は終了。

あとは形式的なのが2件あるんだけど、これはこれで通過儀礼みたいなもんなんでね。

さて、今日も忙しいぞ!

次のBlogはおそらく宮古へ行ってからになります。

東京でお世話になった皆さん、仲良くしてくれた皆さん、ありがとうございました。

とりあえず宮古で生活しつつ、ハワイへの道を探ろうと思います。

またお会いしましょう( ̄▽ ̄)

2016年11月9日水曜日

11月8日(火)~結果的にセルフとなった成城の仲間との送別会

おぉ!

なんか新鮮な痛みだ!



久しぶりの筋肉痛( ̄▽ ̄)



昨日、引っ越しの荷物運んだんだよね。

本とか入ってたから重たくってさ、「なんだよちきしょ」とか思いながら運んでたんだよね。

今朝になって上腕部が痛いんでね「なんだよちきしょ」って思ったんだけど「あ?」って考えてみたら昨日の筋肉痛だった。



若いな、オレ( ̄▽ ̄)


それはそうと、引っ越しまで1週間を切りました。

送別会シーズンたけなわです。

それも、毎日痛飲しているので、かなり二日酔いと胃のムカつきが激しい状態です。



さて、自分で仕切って皆さんにごちそうしてもらうという、この都合のいい企画( ̄▽ ̄)

いよいよ残すところ数回となってきております。


昨日は成城の仲間・・・

昨日も話したけど、おれはオーガニックの成城の人間ではないので、若干の遠慮があったんだよね。

ちなみに成城学園って初等科って小学校がはじまりなの。

俺は成城に入ったのが中学からなんで、まぁなんか「よそ者感」が少しあってね、なんか成城の仲間に送別とかなぁ・・・とか思ってたら、連絡あってさ「送別会やろうぜ」って。

んでまぁやるからには人数多い方が楽しいので、適当に声かけて、みんなに集まってもらった。

まぁ結果的に「自分で仕切る」ということになったとさってオチになっちゃったんだけどね( ̄▽ ̄;)


例によって一番乗り

店主お手製の生ハムで始めとく

白井

まりと

みかと

タケシ、おれ、だいすけ

りえとじゅんじ

よっちん、ぷーたか


例によってまるで2ショット、るみとおれ

腹話術師か!

移動して寝るたけし

いろいろ置かれる

それでも起きない

2件目の店主、なるきよ



結局帰ったのは1時過ぎ・・・




で、起きたのさっき( ̄□ ̄;)

寝すぎだよ・・・まったく・・・


仲良くしていただいた成城の皆さん、ありがとうございました。

とてもいい思い出・・・・




あんまりおぼえてない・・・(-"-;)

実は今朝携帯見るまで「あぁ~、写真撮り忘れたぁ~」って思ってたんだよね。

なんだよ、結構とってるじゃん(^^;)

まぁホッと安心しましたよ

さて・・・・



今夜も飲むのか(--;)

まぁ、夜には回復するでしょう(^^;)

ということで、お会いできる方、また今夜( ̄▽ ̄)